『星の探求者』
執筆者・きさと
たった一晩で、森は死の森となった。
夕方までは、近隣の町の者達が森で木の実を拾ったり、冬支度の為に薪を集めていた。何があっても森の奥には入ってはいけないと幼い頃から教えられてきた。森の奥には、恐ろしい怪物が住んでいて、その棲家に入ったものを鋭い牙と爪を使って、飲み込んでしまうからだ。だから、人々は森の奥までは足を踏み入れなかったし、太陽が大地に身を隠し、夜の闇があたりを包む頃には、森には誰もいなくなる。その夜を知る者は、森に住む生き物や妖精達だけなのだろう。
その森が、怪物が住んでいると言われ恐れられた森が、突然、降ってきた火の玉によって、木々は真っ黒に焦げなぎ倒され、草木は元の形を残さない程までに散り散りになり、住んでいた生き物達はどこかへ去っていってしまった。その時町中に火山の噴火のような音が響いたから、夜中にもかかわらずほとんどの人々が目を覚ましてしまった。
前触れはあった。数年前の話だが、不吉とされるすい星が出現したのだ。すい星が出現した時には、人々は顔色を変えて、悪い事が起こらないようにと神に祈り続けていた。
さらに誰が言い出したのかはわからないが、入ってはいけないと言われ続けてきた森の奥に町の人間が入り込み、森の怪物が怒り狂って、森を破壊したのだと、そんな噂が広がり始めた。その噂は人から人へと広がり、やがて怪物を恐れて、破壊されたその森に近づく者はいなくなった。近づく者と言えば、城から派遣された騎士や雇い兵が、森を調査しているぐらいであった。
それから数週間後、森の怪物の噂がようやく落ち着いた頃、別の噂を耳にするようになった。破壊された森に、一人の人間が入り込んで、何かを探している、というのだ。
1
町がまだ淡い太陽の光に包まれると、人々は一日の始まりの時間を迎える。ある者は自分の店を開けるため、扉を開き店の商品を綺麗に整える。ある者は、眠っている愛する子供をベットから起こし、またある者は、樽の中から野菜を取り出して朝食にする為のサラダを作るのであった。
アーサー王とエクスカリバーの奇跡を伝える大都市・キャメロットの朝の始まりであった。
「買う物はリンゴ、レタス、豚肉、チーズ、産み立ての卵、赤身のサーモン。あとひとつ」
青年の名はレイジュ・カザミと言った。生まれた時からこの国で暮らしているが、英国人にしては彫りの浅い顔をしているのは、彼の血筋が東洋人であるからだ。ジャパン人にしては赤い父親譲りの赤髪、東洋人は西洋人に比べて小柄であるが、彼は食べ物のせいか、東洋人の男としては背が高い方であった。瞳は、ジャパン人の特徴にふさわしくこげ茶をしており、目は少々つり気味であったが、明るく賑やかな性格のおかげか、きつい顔だと言われた事は一度もなかった。左の耳たぶに穴を空け、そこから橙と緑に染められた羽のピアスを下げていた。レイジュは、羽や皮、石といった、天然素材のアクセサリが好きで、町でそのようなアクセサリを見つけては、財布の口を開けてしまうのであった。
「ニンニクだ!」
レイジュは買う物を確認する為に折った指を真っ直ぐに伸ばし、ずれて来た茶色のマントのすそを引き締め、元の位置へと戻した。
今は夏とは言えども、イギリスの朝は冷え込む。この時期は湿気が少ないので過ごしやすい季節ではあるものの、太陽がもっと空高く上るまでは綿で出来た茶色のマントを取るわけにはいかなかった。下に白いシャツを2枚重ねで着込み、多少ほつれのある黒いズボンを皮製のベルトで止め、ベルトに短剣をくくりつけているのは、彼が冒険者だからであり、いざという時の為に対応出来るようにと、気を使っているからだった。
レイジュの家から少し歩くと、テムズ川にぶつかり、そこから定期船の乗り場を眺める事が出来る。彼の家は宿泊施設を営んでおり、両親が家で客を迎える準備をしているうちに、レイジュは朝一番で、取れたての新鮮な野菜や魚、肉といった材料を買出しに市場へ向かう。それが日課であった。彼が市場へ向かう時間と、定期船が港へ到着する時間が丁度重なるため、船から降りて来る人々を眺めながら歩く事が、いつからか癖になっていた。それは、レイジュが外国に憧れているからだろう。いつかは世界中を旅して、色々なものを見て、たくさんの人と知り合いになるのが、彼の夢のひとつであった。
市場の新鮮な食料を買うには、争奪戦に勝たなければならない。レイジュがそう思うようになったのは、2年ほど前から、父親に市場での買い物を完全に任されてからだろう。それまでは、父親のサブロウと一緒に買出しをしていたが、レイジュが16歳になってしばらくしてから、もう一人でも買出しにいけるな、と言われ、朝の買い物をすっかり任されたのだ。
自分の事を子ども扱いする父親から、そのような事を言われるのは、何となく嬉しかったが、これが一人でやってみるとなかなか大変な仕事で、少しでも新鮮な食材を買おうと、商売人が市場を駆け巡り、一度大柄な商人に正面からぶつかってしまい、道の真ん中で怒鳴られた事もあった。
「今日の買い物は、リンゴ、レタス、豚肉、チーズ、産み立ての卵、赤身のサーモン、ニンニクと」
一度に大量の食材を買わなければならない為、レイジュは車輪付の荷台を家から引いてきていた。大人一人は乗れるほどの大きさで、昔、レイジュは両親の見ていないところで、こっそりとこの荷台に乗って遊んでいたら車輪を壊してしまった事がある。誰にも見つからないうちに倉庫に隠そうとしたら、丁度帰ってきた父親に見つかってしまい、すぐに家の中に連れ込まれて、何十分も叱られた事があったが、それはこれが大切な商売道具のひとつだからとわかったのは、レイジュが家の仕事をちゃんと手伝うようになってからだ。
「今日も寝坊しないで来たな、カザミの兄ちゃん!今日はどの肉を買ってくれるんだい?そういやぁ、昨日、うちの鶏が数匹、間違って市場に逃げ出しちまってよ。そりゃあ、大変な騒ぎになったんだぜ?」
「豚肉を。うん、その騒ぎは聞いたよ、お母さんがその時間、市場に行ってたからね」
肉屋の主人は、小柄でまだそんなに年をとっていないのも関わらず、顔に皺が刻まれて、頭も多少薄いものだから、ひとまわりはふけて見えた。レイジュが知っている市場の人間の中では一番のおしゃべりで、肉を裁いている時以外は、よくそんなに話す事があるなと思うぐらい、しゃべってばかりいた。レイジュはこの主人が嫌いではなかったが、一度話しにつかまると、数十分は聞いていないといけなくなるので、肉を受け取ったら、さっさと店を出る事にしていた。
「さ、お望み通りの肉だ。この肉はな、昨日来たばかりのイキのいい豚をだな」
「うん、きっと、とっても美味しい肉に違いないね!食べたら感想言いに来るよ。じゃあ、まあね!」
レイジュは話が続きそうになるのを無理やり押さえつけて、主人の言葉を振り切って早足で店を出た。
「早く家に帰らないと」
特に買い物が遅れているわけではなかったが、レイジュには急いで帰らなければならない理由があった。今日は、ギルドへ行く日であったからだ。
「冒険者のギルド」と呼ばれる施設はキャメロットの住人や城に住んでいる人々から、自分達だけでは解決できない問題を、冒険者と呼ばれる人々に依頼という形で解決を願い出て、解決をしたあかつきには冒険者へ報酬として金や物品を渡す、という施設であり、冒険者であるレイジュもこの施設に足を運ぶ事が多い。
「お姉ちゃん」
木の壁に張り出された、依頼の内容が書かれた羊皮紙を見つめる冒険者達の中に、レイジュは自分と同じ赤髪の女性を見つけた。
「買い物したままここへ来たのね?」
レイジュの姉のライカ・カザミがギルドの入り口の壁に目を向けていた。しばらく依頼を受けていなかったレイジュは、早く依頼を見たいと思い、家に帰らずにギルドへ来てしまった。市場で買った品物を荷台に乗せ、ギルドの入り口の、人の邪魔にならない所へ置いたままにしてあった。
6つ年上の姉ライカとレイジュは、よく似ていると近所の人々から言われる事が多い。自分自身ではよくわからないが、受ける顔の印象がそっくりだと言うのだ。同じ両親から生まれた姉弟なのだから、当たり前と言えば当たり前だが。ライカはレイジュと同じ赤い髪を腰の上あたりまで伸ばしているが、クセのないまっすぐな髪の毛は、彼女の友人に羨ましがられていると言う。細身の自分を飾りつけするのがとても好きで、耳には真珠のイヤリング、化粧は毎日欠かさない、レイジュが石や羽といった天然のものを好むのに対し、ライカは金銀の、人の手によって加工されたアクセサリが好きだった。
「あんたが寝ている間に先にここへ来たのよ」
先に冒険者になったのは姉であった。ライカはバードとして、楽器を使って様々な物語や伝説を紡ぎ、レイジュはファイターとして特に主君に仕えるわけではなかったが、依頼で受けた魔物退治や遺跡の調査などをこなしていた。
「あたしもう家に戻るけど、どうするの?」
真っ黒なケープを羽織り、ライカはギルドの入り口へと足を向けた。いつも寒がってばかりいるライカはケープの下に白いセーターを着込み、その下にもたくさん服を着ているのか、少し太って見える。赤いスカートを履き、靴下はいつも2枚重ねにしているらしい。
「僕はもう少し依頼を見ていくからさ」
あの荷物を家まで持っていってくれない、と心の中で言葉を言い、レイジュは姉の顔から荷台へと視線を移動させた。
「僕、これから依頼へ行くことになるかもしれない。今日は出かけるってお父さんに言っておいてくれないかな?」
一枚の羊皮紙に視線を集中させたまま、レイジュは姉に言った。
「やっぱりその依頼ね。きっとそう言うと思ったわ」
背中の後ろでライカの声がし、すぐにギルドのドアを開ける音と、荷車を引いていく音がし、やがてその音はどんどん遠ざかっていった。
【急募!ライリー・ブライアン氏のアシスタントを求む!報酬・2G、期間5日間】
レイジュはすぐ横を通ったギルドのマスターに、ブライアン氏からの依頼が書かれている羊皮紙を指差し、ギルド内のざわつきに負けないように声を張り上げて叫んだ。
「この依頼今日からでしょ?僕参加したいです!」
耳がとんがったエルフのギルドのマスターは顔をしかめていた。
「行くのは構わないが、きっとあんた一人だよ」
ギルドのマスターがやめておいた方がいいと言いたい事は、眉間にしわを寄せたその顔の表情で伝わってくる。レイジュは頬の肉を軽く上げ、笑顔を作ってからマスターへと答えた。
「構わないです。僕、ブライアンさんのお手伝いをしたいだけだし」
2
ライリー・ブライアンの家はキャメロットのかなりはじの方にあった。ギルドからそこへ付くまでにかなり時間がかかるので、レイジュは馬に乗ってブライアンの家を目指していた。初めて行った時などは、うっかり徒歩で向かってしまったものだから、ランチのすぐ後に出発したのに、ブランアンの家に着く頃には夕方になってしまっていた。
キャメロット城を横切り、テムズ川に沿って馬を走らせ、民家がまばらになり、人気が段々となくなってくる。やがて、前方に茶色い三角屋根の家が見えてきた。その屋根の一部が丸い形をしており、中によくわからない機器が取り付けられている。家の周りにもおかしな道具がたくさん置かれており、雑草がだらしく生い茂った玄関には金属で出来た郵便受けが立っており、中に郵便物がたくさん溜まっていた。
「ブライアンさん、レイジュ・カザミです」
ところどころが剥げかかったドアをノックしながら、レイジュはブライアンに声をかけた。しかし、中から何かを積んだりしているような音がしているのに、まったく返事がない。こんな変な家に泥棒が入っているとも考えにくいし、またブライアンは研究に夢中になっているのではないかと、レイジュは返事を待たずにドアを開けた。
「勝手に入ってくるな!」
天井から糸が垂れており、その先に金属のドアノブが結び付けられていた。ドアノブはゆっくりと横に揺れていたが、結び方が甘かったのか、レイジュがドアを閉めると同時に、床に鈍い金属音を立てて転がり落ちた。
「何これ?新しい実験?」
「だめだ、こんなんじゃ。糸の長さとおもりの比重を、もっと調節しなくては」
ライリー・ブライアンは、顔をしかめてドアノブを拾い上げた。ブライアンはキャメロットの中では変わり者として評判だった。いつも変な実験ばかりしている。年齢はレイジュよりもおそらくは一回りは上だろう。実験に没頭しているうちに、自分の大体の年齢は忘れてしまったらしい。今にも雑草でも生えてきそうなこげ茶のボサボサの髪の毛はあまり切りにいかないおかげで伸びてしまい、それを後ろでひとつに束ねていた。青色の目はつり上がり気味で、無精ひげを生やしている。ブライアンは目が悪いらしく、いつも目を細めてまわりのものを見ているから、元々きつい表情の顔が、さらにきつく印象になるのであった。深緑のコートのポケットには色々な物を入れておりいつも膨らんでいた。白いシャツはほころんでおり、紺のズボンはあちこち穴があいているのは、実験の時にズボンを引っ掛けて穴あきになったに違いない。靴は立派な革靴であったが、レイジュはブライアンがこの靴以外のものを履いている所を見たことがない。
こんな格好をしているだけでも変わり者なのだが、ブライアンの変わり者ぶりはそれだけではなかった。その代表的なものが、この世界は動いており、太陽のまわりを回っているのだと言っている事だった。レイジュはこの世界が宇宙の中心で、星も太陽も月もすべてのものが、この大地を中心にまわっていると信じているし、キャメロット中の人々もそれが常識だと知っている。しかし、ブライアンだけはそれは違うと否定し続けるのだ。
「ならお前、何で惑星はあんな変な動きをするんだ?それに2年に一度だけやたらに大きく強く光る。おかしいじゃないか、他の星はそんな動きはしないと言うのに」
2ヶ月ほど前に依頼でブライアンの家に来た時は、天文学の研究の手伝いであった。天井に上って手伝いのついでに流れ星を眺めている時に、赤く光る火星を見つけた事をブライアンに知らせると、惑星の動きについての説明が始まったのだ。他の星は一定の動きをするが、確かに火星はしばらくすると光が強くなったりするし、他の星が規則的に移動しているのに大して、逆行したりする。レイジュはその事について深く考えた事はなかったが、ブライアンはそれらがこの世界が動いているからだと言い張って聞かない。
さらに、3年ほど前にすい星が出現した時にも、ブライアンは顔色ひとつ変えなかったらしい。その頃はレイジュはまだ冒険者ではなかったが、父親と町に出た時に、恐怖におののく人々が夜空を見上げ、神に必死に祈りをあげている姿を覚えている。その光景を見てレイジュも恐ろしくなり、黒い夜空にぼんやりと尾を引くすい星がそのうちこの国へ落ちてくるのではないか、と思ったぐらいだ。その事をブライアンに話したら、あんなもんが不吉なもんか!人間の方がよっぽど恐ろしい事をするだろうが、と鼻で笑われてしまった。それを聞いて、確かに変わっていると、レイジュは心の奥から思ったのだ。
「これはなあに?何の実験?」
「お前に説明しても難しいだろうから簡単にいうが、この世界が太陽のまわりを回っている事を証明する為の実験だ。しかし、どうもうまくいかない」
外れたドアノブを机の上に置き、ブライアンはため息を肩からついた。
「理論はわかってるんだがな」
「ブライアンさん、この実験の手伝いなの?今日の依頼は」
天井から下げられた糸に目を向けながら、レイジュはブライアンに尋ねた。
「違う。これはまだ時間がかかるからまた後だ。今日はな、お前に探してもらいたいものがある。私も一緒に探すが」
ブライアンはすでに、机の上に転がっているペンやら本やらを鞄に詰め、外へ出かける支度をしながらつぶやいていた。
「何を探すって?外へ行くんだね。何かなくしたの?」
「なくしたんじゃない。あるかどうかもわからないが、どうしても探したいものがある」
支度だけはいつも素早いブライアンは、もう入り口の所まで移動していた。
3
「あんな恐ろしい所へ行くなんて!」
「お前依頼で来たんだろう、なら私の言う事は聞くべきじゃないのか?」
「そうは言っても、あの森はこの前」
ブライアンを後ろに乗せて、レイジュは火の玉が落ちてきて一晩でそのほとんどが灰になった森へ向かっていた。
ブライアンは依頼主で、レイジュは報酬をもらうのだから、よっぽどの事がない限り途中で抜けるわけにはいかない。ブライアンは独身でその奇妙な実験を手伝ってくれる人もいないから、数ヶ月に一回、多いときには週ごとにギルドへアシスタント要請依頼を出してくる。しかし、ブライアンの気難しい性格と、おかしな実験計画のおかげで、冒険者のほとんどがその依頼にはよりつかない。レイジュがアシスタントをする2週間ほど前に、同じくブライアンの手伝いをした若い冒険者などは、見える星すべてを羊皮紙に書かされ、途中で脱走したと聞いている。それでもレイジュがこの研究者の手伝いをするのは、教養のないレイジュの知らない世界を、教えてくれるからだ。同じ物でも、見る人が違えば、まったく知らなかった事に気づいたりするものだ。だが、たまに無茶を言われた時には、レイジュも依頼を途中で投げ出そうかと思ったりするのだ。
今回火の玉が落ちて灰となった森も、危ないから近寄るなと、今朝も母親に言われたばかりである。
「あんな所で何をするのさ?」
「探し物だ。どうしても欲しい物がある」
背中の後ろから、馬の蹄の音に混じってブライアンの声が返ってくる。
「そういえば、僕の家に来ているお客様が、あの森で人がウロウロしているって言う噂をしてたけど」
「噂じゃない。本当の事だ。城の連中があの森をいじらないうちに探さないとな」
街のあちこちの家から煙があがり、夕食の香りが風で運ばれてくる。イギリスでは日の入りの時刻にはまだ十分な余裕があったが、腹の音が鳴り続けているレイジュは、このまま家に帰ろうかとも思った。
やがて焼きただれた森が視界にハッキリと確認出来るようになってきた。キャメロット城の裏手方向に当たる場所だが、レイジュはあまりこのあたりに来た事はない。だから見慣れた景色というものではなかったが、黒く漕げた木々がなぎ倒され、地面は灰色、動物の声などまったくしないそのかつては森であった場所を見ると、いかに恐ろしい出来事が起こったのか想像がつく。
「馬はそのあたりにつないでおけ。城の役人が来たら、お前は私からの依頼だと言って、何もしらないフリをしていればいい。そのあたりの事は私に任せておけ」
「わかったよ、余計な事は言わない。どうせよくわかってないし。僕は何をすればいい?」
ブライアンは目を細めて、森の残骸を見つめていた。
「石を探してくれ。この吹っ飛んでる森の中心にあるはずだ」
「石だって!?そんなものそこいら中にあるじゃないか。ほら、僕の足元にもそこにも」
「森の中心と言っただろう。いいか、お前は何でここがこんなになったと思う?」
元々目を細めているブライアンの目が、さらに細くなった。レイジュはわざとブライアンの目から視線をずらして、焼けた森を眺めながら口を開いた。
「火の玉が落ちてきた」
真夜中に、天から冬至の祭りで焚く炎よりも大きな火の玉が落ちてくるのを想像しながら、レイジュは答えた。
「確かにそうだ。だが、ただの火じゃこんなにはならない。私が思うにはな、宇宙から何か降って来たんだ。人間の力では作り出せないような大きいエネルギーを持ってる」
「ブライアンさんは、その何かを探すって事なんだね?それが石だって言うの?でも、街の人は空から火が落ちてきたって言ってるよ?だから夜でも見えたって」
レイジュはブライアンの話がよくわからなくなって、答えるだけで精一杯になってきてしまった。
「つまり、天から燃える石が落ちてきたってことだ」
ブライアンはなぎ倒された木の方向をスケッチしながら、先へと進んでいくので、レイジュもゆっくりとついて行った。
「燃える石?聞いた事があるよ、火山からは燃える石が飛び出してくるって」
このあたりに火山はないけどね、とレイジュは心の中で付け足した。
「お前はちゃんと人の話を聞いているのか?火山なら飛んでくる石がひとつって事はないだろう。ただ、何で燃えるかなんだよな」
ブライアンは立ち止まると、かがんで足元の土をいじりだした。
「キャメロット城にでも落ちてくれれば、まだ見つけやすいんだけどな」
「そんな不吉な事言わないでよ、お城に石が落ちてこの森みたいになったら大変だよ」
レイジュはブライアンのそばに立って、ブライアンが眺めているあたりの地面を見つめた。そこには黒くて丸い石が数個落ちているが、レイジュには特別な物とも思えなかった。
「石が元々ないところに落ちれば良かったって事だ。この中に、宇宙からの石があると思うんだけどな、さすがにどれだかはわからない」
木の皮を貼り付けて作った袋に、ブライアンは落ちている石をほとんど拾って入れた。そんなもの何になるんだろうか、とレイジュが思っていると、城の方向から複数の馬の足音が響いてきた。ブライアンはすぐに立ち上がると、少し早口でレイジュに言葉を放った。
「城の連中だ。今日はもうこれでいい、戻るぞ」
レイジュよりも先に、乗ってきた馬の元へと駆け寄っている。
「もう終わり?石を拾っただけじゃない!」
ブライアンの行動に少し腹を立てながら、レイジュも馬へと駆け寄った。
「僕の仕事が終わりなら、このまま帰るよ」
だんだんと沈んでいく太陽を眺めながら、レイジュは少し低い声を出した。
「まだだ。それと今夜はずっと外で私の仕事を手伝ってもらうからな」
腹が痛くなったと言って、このまま帰ろうかとも思ったが、レイジュは仕事は最後までやろうと思い、ブライアンを後ろに乗せると、キャメロット城を遠目に眺めながら、もう一度ブライアンの家を目指した。
幸いにも、城の騎士達はこちらを追いかけてくる事もなかった。物好きが破壊された森を見にきたとでも思われただけで済んだのかもしれない。
4
太陽が完全に沈むまで、レイジュはブライアンの家の掃除や食事の支度をするハメになってしまった。これもギルドの依頼に含まれるのだろうかと、少しばかり嫌になったが、いつも家のホテルで掃除や食事の支度を、何十人分とこなしているから、これぐらいの事は大した重荷にはならなかった。
ブライアンは、先程拾って来た石を机の上に置き、じっと眺めていた。時々、指で触ったり石のスケッチをしたりしていた。もし、ブライアンの言うように、どう見てもその辺に落ちていそうな石が、はるか彼方の宇宙からやってきたものだったら、これは宇宙からの贈り物となり、キャメロットの貴婦人がつけている宝石よりもよっぽど価値があるのではないかと思った。だが、石はどこから来たのか話してくれるはずもなく、その証明はブライアンが自分で見つけなくてはならない。当分はこの石にかかりきりだろうな、とレイジュは思った。
「さて、そろそろ外へ行くか。寒いからな、防寒はしっかりしておけ?」
ずっと石を眺めていたと思ったブライアンが、いきなり立ち上がってまた外へ出る支度を始めたので、レイジュは驚いてそばに積んである本の山を崩してしまった。
「今度は何を探すの?」
「いいから黙って外へ出ろ。屋根に上がるから梯子も用意しておいてくれ」
すでに日は沈み、空には無数の星が輝いていた。レイジュは月を探したが、見つからないところを見ると、今日は月のない日なのかも知れない。イギリスの冬の夜はかなり冷えるので、レイジュはマントで自分の体を包む様に着込み、そばにランタンを置いていた。ブライアンの家の屋根はそれほど広くはないが、あたりにほとんど家がないせいか、屋根の上に乗ればまわりの景色を見渡す事が出来る。
「今日はいい天気だね、ほら、ミルキー・ウェイ(天の川)があんなにハッキリと」
「ミルキー・ウェイはいいから、よく見てな。目が慣れてきたら、夜空をずっと見てるんだ。私が今までの資料を集めて計算したところによれば、今日必ず」
ブライアンの言葉はそこで止まった。
星の間の闇からまわりの星とは比べ物にならない位、大きくて白い星が現れたかと思うと、針のような筋を引きながら移動し、また闇の中に消え去った。かと思うと、また別の場所から、今度は月よりも明るいのではないかと思うぐらいの大きな青白い光の玉が現れ、白い筋を引いて町の彼方へと消えていった。
「凄いや!流れ星が次々に、こんなにたくさん!!」
レイジュはもう心が躍って落ち着かなくなり、次から次へと現れる流れ星を目で追っては、また現れた星に視線を移した。そのうち、星の数は増えて、数え切れないぐらいの星の雨がキャメロットの空へと降り注いだ。
ブライアンも空を見上げており、表情はよくわからなかったが、陽気に鼻歌を歌いながらこの星の雨を見上げていた。
「どうして、こんなに星がたくさん降るってわかったの?」
空を見上げながら、レイジュはブライアンへと尋ねた。
「今までの記録から計算すれば簡単な事だ。まだ深い所まではよくわからないが、流星はたまに見かけるが、すい星が現れた数年後に、今日みたいに特にたくさん星が降るって事を突き止めた。いや、私以外にもこの事に気づいている学者はいるだろうが、それがどうしてかを突き止めたヤツはいない。私がそれを突き止める。皆はすい星が恐ろしいとか言ってるけどな、そんな事はないんだ。私の言うことを信じるかは、お前次第だが」
難しい事を言うな、と思いつつ、レイジュは急に昼間の石と森の事を思い出し、自信のない細い声でブライアンに尋ねた。
「もしかして、あの星が落ちてきたら、あの森みたいになっちゃうとか?」
ブライアンはレイジュに見向きもせずに、空を眺めたまま答えた。
「たぶんそうなるな。でもまあ安心しろ、今までの記録で、星の雨がことごとく地上へ落ちたと言う記録もない。あの星がどこからどこへ消えてしまうのかは、私にもよくわからない。だが、町は今ごろ大騒ぎだろうな」
寒いからと、用意した暖かいミルクをすすりながら、ブライアンは街へと顔を向けていた。
「あの星は全部金で出来ていて、星が流れた次の日に、そこいら中を歩き回って金を探しまわった人がいるって聞いた事があるよ」
何ヶ月か前にホテルに宿泊した、外国の夫婦が話していた事をレイジュは思い出していた。
「もしかしたら本当に金で出来ているかもしれないが、手に入れるには一苦労だな。なかなか降って来ないし、降って来たと思っても、昼間みたいに元々あった石と区別がつかない。根気がいる研究だ、これは」
「じゃあ、その時はまだ僕がお手伝いに来るよ!」
レイジュはこの素晴らしい星の雨をじっくりと見ることが出来た事を、帰ってから家族や冒険者仲間に話すのが楽しみで仕方がなかった。ブライアンは変わり者だけれども、今は手伝いをして本当に良かったと今は思うのであった。
(終)
参考文献:世界大百科・便覧(日立システム)
ヴィジュアル版 天文学への招待(村山定男・藤井旭著/河出書房新社)
宇宙を遊ぶ(黒田武彦著/かもがわ出版)
宇宙と天文(旺文社)
星座・夜空の四季(小学館)
最新理科便覧(浜島書店)
その他、各専門HPを参考文献とさせて頂きました。
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■当サイト初の完全オリジナルノベルです。やっと書きあがりました。書き出しはかなり前で、去年のハロウィンより前(ぉぃ)だったと思うんですが、仕上げに時間がかかり遅くなってしまいました。天動説が信じられていた時代に、ただ一人、地球が太陽のまわりをまわっている事を信じ、研究をしている学者のお話です。最初はレイジュが買い物をしているシーンから始まったのですが、あまりにも平凡なので、森が隕石で破壊された様子を描いたシーンを追加しました。
ブライアンが登場した時に作っていたものは、「フーコーの振り子」ですね。1000年前なのでちょっと無理があるとは思ったのですが、理論だけわかっている人がいたらきっとこんな感じで実験をしていたのではないかと、色々想像しながら書いていました。今でこそ天文ショーとして楽しまれているすい星も、当時は災いの前兆とされていましたから、のんびりと眺める人も珍しいのではないかと思います。
流星も、この時代は今よりも空が綺麗でもっとたくさん見えたのでしょうが、当時の人々には恐ろしいものに見えたかもしれません。1833年にアメリカで大規模なしし座流星群が出現した時は、世界中が火事だと泣き叫ぶ人もいたとか。ちなみに、本文中でレイジュが「星が金で出来ていて、それを探し回った人がいた」と言っている箇所がありますが、それは実際にあったエピソードらしいですよ。
難しいのは、キャメロットの表現ですね。これはAFOの管轄になりますから、ギルドがどういうシステムか、町の細かい様子はどうなのかは、少々省いてしまっているところがあります(汗)キャメロットから見える星座の位置関係なんて、どこを調べても載ってませんし、そもそもジ・アースって「地球によく似た星」だし(汗)
そして、もしかしたら違和感があった方もいらっしゃるかもしれませんが、「レイジュがマトモ」です(爆)話のテーマが真面目なので、それに伴って文章表現も真面目なものになっていますので、葉っぱ男の事はお忘れください(何)
一応調べてはあるんですが、何か間違えがあれば掲示板でどうぞ。