×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

 『秘密の楽園』執筆者・きさと

 この世界には限られた者しか知らない楽園がいくつも存在するのだと、聞いた事がある。その場所へ行く方法は、その限られた者しか知らない。そしてその場所は、多くの人が知らない場所だから、とても美しい場所であると昔の人も今の人も、言うのであった。

「この国にもそんな場所があるのかな」

 ジャパンに滞在中のジプシーの少女、アゲハ・キサラギが花畑の絵を眺めながら目を細めた。

 冒険者の酒場と呼ばれる場所の、壁に飾られているその絵には、黄、白、赤、青と言った様々な花がまるで絨毯のように敷かれ、雨のように舞う花びらに包まれた庭園のような風景が描かれていた。何でもその絵は、この酒場に出入りしている老冒険者が、若い頃に出くわしたという楽園の様子を描いたものだという。アゲハが知っている限り、ジャパンにそんな場所があると言う事は聞いた事がなかったが、もしかしたらどこかにこのような場所があってもおかしくはないかな、とも感じていた。

「もしこの場所が存在したとしたら、本当に物語の中に出てくる場所みたいだね」

 アゲハは注文したそばを食べ終わると、ゆっくりと茶を味わうと、お座敷から腰を上げ、棲家である長屋に戻ろうと外へ出た。

「アゲハ様!!」

 その野太い声を聞いた時、何故かアゲハは、ダッシュで逃げなくてはいけないと思いつつ、しかし誰かが呼んでいるのだから振り向かなければ、とも思った。

「アゲハ様、ご無沙汰しております!私です、大釜藤乃助です!」

 そんな名前聞いた事がない、やっぱり人違いだと思うのと同時に、アゲハの視界に、大柄で禿頭のオヤジが巫女服を着て出没した。

「ずっと探しておりました。ギルドにお聞きしましたところ、この酒場によく出入りしていると聞きましたので」

 以前アゲハは、このオヤジ巫女から竜蛇退治の依頼を受けた事がある。半ば強制的に現地へと向かわされ、結果的には竜蛇を鎮める事が出来たのだが、それよりもどうしてこの人は少しの恥じらいもなくこんな格好をしているのだろう、一緒にいたら自分まで変態と思われると、アゲハは心の中で呟いていた。

「大釜さん、って言うんだ。何か合ってるような合ってないような名前だね」

 アゲハの足は、すでに逃げる準備をしていた。

「アゲハ様、相談した事がありまして、こうして尋ねさせて頂きました。実はイギリスに私の兄がいるのですが、兄からシフール便にてイギリスのとある楽園…いえ、秘境と申しましょうか。独自の小国を作っている者達がいるのですが、そこを統治している姫が行方不明になったと、連絡があったのです」

 アゲハはそれを聞いて、酒場で聞いたイギリスの話を思い出していた。イギリスと言えば、変態が多くいる場所だと聞いた事がある。

「それを聞いて、姫を探し出せるのはアゲハ様しかいないと感じました。何しろ、その者達は独自の体系を持って暮らしていると聞きます。一般の物を寄せ付ける事はないでしょう。人々の手が及ばない、秘境で暮らしているのですから。しかし、アゲハ様なら。竜蛇と心を通わした貴女様なら、きっとその者達と接触が出来るはずなのです」

 そう言われて、悪い気持ちはしない。アゲハは少し照れたが、しかしイギリスでの出来事だと言う事を思い出し、オヤジ巫女をじっと見つめた。

「ボク、イギリスなんて言った事がないよ。それに、イギリスって月道でしか行けないんでしょ?ボク、そんな大金持ってないし」

「それなら安心下さい。すでにギルドに手配して、往復分の月道チケットを入手いたしました。それに、向こうへ滞在している間の食費と生活費も。あちらのギルドへ行って頂ければ、すぐにわかるようにしておきますので」

「でも、ボクイギリス語話せないんだけど」

「通訳を用意してあります」

 オヤジ巫女がさっと手をあげると、道の奥の方から白い物がこちらへ飛んでくる。よく見ればそれは、白い服を着たシフールであった。長く青い髪の毛を後ろでひとつに縛り、何で出来ているのかよくわからないが、光の当り方によって七色に輝く服を着ている。細い手足に花で出来た飾りをつけて、その唇は熟したリンゴのように真っ赤だった。

「わあ、可愛い。ジャパンでシフールなんて珍しいね」

「ち、忙しいのによ。今度はイギリスかよ。面倒くせーな」

 歪んだ表情で、アゲハはシフールに睨み付けられた。

「可愛くないんだけど」

 アゲハはシフールを見つめて顔を引きつらせた。

「その子はシフールのバディ。通訳ならプロ並です。多少、性格には問題がありますが」

 プロ並みでなくてもいいから、普通の性格のシフールにして欲しいと、アゲハは小さく呟いていた。

「で、コイツと一緒にイギリスへ行けってのか?はぁ〜」

 バディが大げさだと思うほどに肩を落としている。

「ため息でるのは、ボクの方なんだけどね」

「では、アゲハ様。今日は15日、今夜の子の刻より、月道が開かれます。準備を整えて、子の刻になったら月道までおいでくださいませ。私もお見送りいたします」

「え、まだボク、行くって言ってないし!」

「ええっ!?ここまで私に用意させて置いて、それはないんじゃないでしょうか!アゲハ様、あんまりです、酷いです、酷すぎます!!」

 オヤジ巫女は、自分の着物で鼻をすすりながら大声で泣き出した。その余りにも大きな声と、異様な光景に引き寄せられ、まわりにいた人々が一斉にアゲハに視線を集中させていた。

「わかったよ、もう!イギリスに行けばいいんでしょう!」

 今なら、神隠しにでも合ってもいいと、アゲハはオヤジ巫女の赤い顔を見て思うのであった。

「この時間に来たのは初めてかも」

 太陽はとっくに身を隠し、江戸の町並の明かりもほとんどが消えている。提灯を片手に、アゲハは普段なかなか来る事のない、真夜中の月道の建物を見上げていた。

「よう、ジプシーの姉さん」

 月道の入り口から、バディが静かに飛んできた。

「まったく、トロトロしてるな。オレなんてとっくに準備して、待ちくたびれたぜ?イギリスに行くのはいいが、足手まといにならないでくれよ、頼むから」

「それはこっちのセリフだね!」

 アゲハが、このシフールに魔法でも打ち込んでやろうか、と思った時、建物の奥から巨大な人影がぬもっと現れた。

「アゲハ様、お待ちしておりました。さあ、どうぞ中へ」

 オヤジ巫女が真剣な表情でアゲハを奥へと案内する。もうここまで来たら後戻りは出来ないな、と思いつつ、イギリスってどんなところだろうと、少し楽しみでもあった。

 月道の建物の中に、大きな扉があった。アゲハ達の他にも、月道を通る者や、外国から来る者もおり、たくさんの人が行き交うこの場所が、国と国のつなぎ目であることを実感させる。

「あの扉を潜れば、もうイギリス王国です。くれぐれもお気をつけて。イギリスへついたら、まずギルドへ向かってください。そこに、私の兄がおりますので、その先の事は兄から聞いて下さい。何かあったら、シフール便をよこしてくださいね」

「わかったよ。じゃ、行ってくるから」

 アゲハはオヤジ巫女に少しだけ笑って見せると、前にいる行商人に続いて、月道の扉を開けた。

「わー、本当にイギリスにきたのかな!」

 アゲハの目の前に、石造りの巨大な城がそびえている。江戸城とは違う、ヨーロッパの古城を感じさせる大きなその城には、エクスカリバーの英雄・アーサー王がおり、この国を治めていると聞く。

 行き交う人々は着物ではなくほとんどが洋服を着ており、ジャパンでは少ないとんがり耳のエルフや、バディと同じシフールも多くいる。道は石造りで、町の中心を大きな川が流れていた。

「へえ、やっぱり、江戸と全然違うんだね」

「あまりキョロキョロするなよ、イナカモンと思われるぜ?」

「失礼だな。ボクは初めてイギリスに来たんだからね!」

「はいはい、わかってるよ。ほら、観光は後回しにして、さっさとギルドへ行こうぜ?」

 バディはおそらく、イギリスに来た事があるのだろう。イギリス国を眺めているアゲハを置いて、さっさと別の方向へ飛んでいってしまう。

「まったく、もっと性格のいいシフールと来たかったね、ボクは!」

 アゲハは、わざと聞こえるような大声で叫んでいた。

 ギルドへ入った瞬間、アゲハはオヤジ巫女の兄がどの人物なのかがすぐにわかった。その兄とは初対面だが、いざとなればバディに聞けばいいかな、と思っていたのが、あっさりわかってしまったのが拍子抜けであった。

 オヤジ巫女にそっくりな顔と体形、その大柄な体にサテンのようなサラサラの布の服を着ている。月や星の形のアクセサリーをつけており、雰囲気的には占い師のようだ。ジプシーも占いを専門に行う者がいるが、このオヤジ占い師と同業者に見られたらやだな、とアゲハは思った。

「アゲハ様でございますね?」

「そうだけど」

 目が合った瞬間、オヤジ占い師はアゲハに語りかけてきた。そのあまりにもおかしな出で立ちのせいだろうか、オヤジのまわりにはあまり人がいなかった。やっぱりイギリスなんかに来るんじゃなかったと、アゲハは一瞬後悔してしまった。

「弟の藤乃助から話は聞いております。私は兄の梅乃助でございます。大体の話は聞いていると思いますが、私からはその秘境についてを少し。キャメロット郊外に、小さな森がございます。木の実をつける樹木が少ないので、あまり人が近寄らない場所なのですが、そこにあるひときわ大きな木の根元に、秘密の入り口がある事がわかりました。そこが秘境に通じているそうで、その道を通って、楽園の民が私に助けを求めてきたのです」

「その楽園のお姫様が、いなくなったんでしょ?」

「そうです。その民を統括している姫でした。ある日突然、忽然と姿を消したと言います。誰も行方を見た者はおらず、楽園内は大騒ぎになっております。アゲハ様には、その姫を見つけて欲しいのです」

「それはわかるけどさ、何にも手がかりがないと探しようがないよ」

「いえ、姫のいた楽園の者達が、居場所はわからなくとも、姫が行きそうな場所は予測しているらしいのです。その者達の話を聞いてあげてくださいまし」

 アゲハは小さくため息をついた。

「まず、そこへ行けってことだね?」

 アゲハの言葉を聞き、オヤジ占い師がにっこりと不気味に感じるほどの微笑を見せた。

「とりあえず、今日のところはお休みください。宿を用意してございます。明日、また迎えに参りますので」

 変なのに縁しちゃったなーと、いまさら後悔しても仕方がない。アゲハはその夜、そばにある小さな宿屋で一晩を明かした。

 翌日、アゲハは窓から入る朝日で目を覚ました。初めて迎える、イギリスの朝。窓を開けると、パンを焼く匂いが漂い、野菜を積んだ籠がいくつも並んでいる。大きな肉やソーセージが市場に並び、朝から活気が感じられる。

「へえ、ジャパンの市場とやっぱり違うんだね〜」

 アゲハはベットから降りると、髪を整えて服に着替えると、外へと飛び出し、市場の人々の中へと入っていった。バディもいないので、人々が話している言葉はまるでわからなかったが、その賑やかな雰囲気に触れているだけでも楽しかった。

 市場で売られているたくさんの果物を眺めていると、その果物の山の向こうから、さらにたくさんの果物をカゴに積んで、運ぶのも大変にしている青年が現れた。年はアゲハと同じぐらいであろうか。真っ赤な髪が何とも特徴的で、羽の飾りを耳につけている。何のへんてつもないシャツとズボンを着ているが、剣を腰に下げているところからして、この青年も冒険者なのだろうか。しかし、何よりもアゲハの目に付いたのは、その顔つきだった。ジャパンの人々や、アゲハと同じ東洋人の顔をしている。外人、いや、ここではアゲハの方が外人なのだが、異国の者が多い中で、アゲハはその青年に何となく親しみを感じた。

「ねえ、ボクも持つの手伝ってあげるよ」

 アゲハが青年に話し掛けた。しかし、その青年はきょとんとした顔をしている。

「だから、ボクが親切に持つのを手伝ってあげるって…もしかして、ボクの言葉わからないの、ジャパン語なんだけど」

 アゲハに続いて、青年が何かをしゃべっているが、アゲハにはその言葉がわからない。その言葉がイギリス語である事はわかったのだが、何を言っているのかさっぱりわからなかった。

「てめえ!勝手に出歩くんじゃねえ!!!」

「アゲハ様!どこへお行きになったのかと、心配いたしましたよ!」

 市場の向こうから、バディとオヤジ占い師が額に脂汗を滲ませながら走ってきた。

「おや、レイジュ様ではありませんか」

 オヤジ占い師が、その青年に気づき、イギリスの言葉で何かを話している。

「ねえ、その人知り合いなの?」

 アゲハが青年を見ながらオヤジ巫女に尋ねた。

「はい。レイジュ様のお父様はシェフでして、私も何度か料理を食べに行っているので、その縁で息子さんのレイジュ様とも顔見知りなんですよ」

「そうなんだー。ねえ、バディ、何を言っているのさ、あの人達」

「知るかよ。たわいもない会話だろ、てめぇには関係ねえ」

「何を言ってるのさ、あの人達!」

 アゲハは持ってきた鞭を握り締めて、思い切りドスの聞いた声でバディをにらみ付けた。

「て、てめぇ、オレを脅すつもりか!?」

 バディが青ざめるのを見て、アゲハはさらに低い声を出した。

「この鞭、よくしなるんだよね!小さい生き物なんて、すぐにきゅっとやられちゃうだろうね!」

「腹黒女め。しゃーねぇな、後で通訳代金請求してやるからな!ええとだな、梅之助がお父さんはどうしてますか?って聞いてだな、赤髪の小僧が新メニューを開発してる、って答えたんだな」

「何だあ、本当にたわいもない会話じゃん」

「だからそう言っただろ!!」

 目を三角にして睨み付けるバディに対して、アゲハは剣のように鋭い視線で睨み返して見せる。

「アゲハ様、もしよろしければ、レイジュ様も今回の依頼に同行したい、との事なのですが。今、少し私達の事を話しましたところ、自分も手伝いたい、とおっしゃってくださいまして」

 オヤジ占い師が、アゲハを見つめて言う。

「ボクは別に構わないけど。通訳さえしっかりしてくれればね!でも、その人大丈夫なの?」

 面白くなさそうな顔をしているバディを横目で見ながら、アゲハがオヤジ巫女に尋ねる。

「ご安心ください。レイジュ様はプチホテルのオーナーのご子息ですが、同時に冒険者でファイターでもありますから。いざという時に、きっと頼りになるはずです」

「わかったよ。よろしくね、レイジュさん」

 アゲハはジャパン語でレイジュに話し掛けた。

「よ…ろしく」

 かなりイントネーションが違うが、レイジュはアゲハに返事をしてくれた。その後、オヤジ占い師がイギリスの言葉でレイジュに何かを言うと、ゆっくりと頷き、大荷物を抱えて、レイジュは市場の出口へと姿を消した。それを眺め、オヤジ占い師がアゲハに言う。

「レイジュ様には、準備をして来て頂くように言いました。さあ、私達も準備をしましょう。キャメロット城の前で待ち合わせをしております。日が暮れないうちに、参りましょう」

 キャメロット城は近くで見ると、その迫力を体で感じる。堀のようなものがまわりにあるところは、江戸城にソックリであったが、ジャパンにはない西洋の重みを感じさせるのだ。

 アゲハ達がキャメロット城へついてから、どこかで鐘の音が聞こえ少ししてから、レイジュは姿を現した。さきほどの普段着とは違い、厚手の衣の上に、動物の皮で出来ていると思われるマントを着けている。長めのブーツを履き、背中に盾と剣を背負っているところを見ると、確かにファイターだと納得がいく。

「楽園への入り口は、もう少し歩いた場所にあります。そこへはバディが案内します。アゲハ様、レイジュ様、どうかお気をつけて」

 オヤジ巫女はそう言いながら、アゲハに小さな袋を渡した。

「ヒーリングポーションです。怪我をした時には効果がございますので」

「ありがと。じゃ、言って来るよ」

 小さく手を振るオヤジ占い師を後に、アゲハ達はキャメロットの出口へと歩き出した。

「やっぱり、イギリスの森ってジャパンの森とは違う感じだよね」

「そりゃそうだろ。イギリスはジャパンよりも寒い国だからな。生えている植物も違うってわけだ。それぐらい知ってろ」

「いちいちボクに喧嘩売ってるねー!」

 バディの道案内の元、アゲハは森の中を歩いていた。驚くほどジャパンの森と違うというわけではないが、たまに見たこともない木が生えていたりする。

 アゲハは、隣を歩いているレイジュに何か話し掛けようと思ったが、言葉がわからないので、話したい事はあるのに、それを口にする事が出来なかった。だから結局、黙って歩くか、バディと腹立だしい会話をするしかなかったのだった。

 やがて、前方に大きな木が見えてきた。その木が見えると、レイジュが何かを叫んだ。何を言ったのかアゲハにはわからなかったが、葉っぱがどうの、と言っていたような気がする。

「あの木の根元に入り口があるんだ、根の陰になっているところにな。そこに入る前に言っておくが、オレは冒険者でも何でもねぇ、普通のシフールだ。ヤバそうだったらさっさと逃げさせてもらうからな」

 バディはふわりと上へ舞い上がると、先にその木の方へと近寄っていく。アゲハがその巨木へ近づくと、レイジュもアゲハの後に続いた。

 その木はあまりにも高く、てっぺんの様子はわからなかった。大きな幹が木の寿命の長さを語り、今は冬だから若干葉っぱや根に力を感じなかったが、夏になれば青々とした若い葉をつけるのだろう。

「本当にこんなところに道がある!」

 その巨木の根元に、奥へと続く道があった。人がやっと一人通れそうなほどの大きさで、その道の先は真っ暗になっている。

「さあ、見つけたらさっさと行く。それとも、尻がでかすぎて通れないか?」

 わざとらしい大声で笑っているバディの声を聞き、アゲハはあのシフールにどんな魔法を当ててやろうかと考えていた。

「うるさい虫は置いて、行くからね!」

 アゲハはその道の中に入って、どんどん先へ進んだ。しかし、そこは右も左も上も下も真っ暗で、進んでいるうちにアゲハは不安になってきた。昔、暗闇は人を不安にさせると聞いた事があったが、本当にそうだな、と感じていた。ひとかけらの灯火でもあれば、どんなに心が落ち着くことか。ライトを使えばそれで済む事だが、出来る限り魔力は温存して置いた方がいい。ただ自分の息遣いと足音、後ろからついてくる足音だけが聞こえていた。この道は、どこまで続くのだろうかと、心配になってきていた。

「バディ、レイジュさん、いるんでしょう?」

 後方から、レイジュの声が聞こえる。イギリス語だから、何を言っているかわからなかったが、アゲハ、という言葉だけは確かに聞こえた。

それだけで、心はすっかり落ち着いてしまった。誰かが一緒にいてくれる事が、それが例え言葉の通じない人間だろうと、これほど頼もしい事はないと思った。

 やがて、前方に光の筋が見えてくるようになった。もう、アゲハの恐怖感はなくなっていた。母を求める子供のように、アゲハは目の前に見えた、光溢れる出口に飛び込んだ。

「うわあ、凄い」

 心地のよい風と花の香りがアゲハを包み込んでいた。敷き詰められたように花が咲き乱れ、空は透き通ったような青い色をしていた。

 そして、そこには褌一枚姿の筋肉隆々のアニキ達が、顔に微笑を浮かべながら走ったり歩いたり、会話をしたりしていた。それを見ただけでもう、アゲハの中の幻想的な風景が破壊され、色はアニキ達の肌色しか感じなくなっていた。

「やっぱり、依頼受けるんじゃなかったー!」

 どこを見てもアニキの肉体が目に入るから、アゲハは地面を見つめていた。

「やれやれ、やっとついたな。いつ見ても滑稽なトコだぜ、ここは」

「あれ、レイジュさんは?」

 今隣に立ってその風景を見ていたレイジュが、何を思ったのか着ている服を一枚一枚脱ぎ始めている。

「ちょ、ちょっと、何をしているのさ」

 手で顔を覆って、アゲハはレイジュの姿が見えないようにした。そんなアゲハに少しも遠慮せず、レイジュはそばに生えていた木から大きな葉っぱを一枚取ると、それを大事な部分に貼り付けあとは全裸になり、そこらへんを走り回っているアニキ達と楽しそうに戯れている。

「外見はマトモそうだけど、さすがイギリス人だね」

 アゲハの頭の中で、イギリス=変態の国の公式がすっかり確定されていた。

「もうあの人はほおっておいて、とっとと調査を進めるよ。どこへ行けばいいのさ?」

「大臣が詳しい話を知ってるって聞いてるぜ」

 アゲハとバディは、すっかりアニキ達に溶け込んでいるレイジュを無視して、大臣の元へと向かった。

 大臣と呼ばれる人物は、まわりのアニキ達よりもさらに逞しい体をしており、褌が綺麗なレース製であるところが、まわりのアニキよりも格が違う事を示していた。とは言え、ここの人々もイギリス語を話すから、直接会話する事が出来ない。重要な話は、全部バディに任せていた。

 一応、ここは宮殿らしい。花畑を奥に進むと、キャメロット城を少し小さくしたような外見の城が建っていた。門番にバディが話し掛けると、すぐに中へと入れてくれた。

「姫に急にいなくなるような素振りはなかったらしいぜ。姫がいけそうなあらゆるところを探したらしいが、いないってさ。ただ、ひとつだけ探していない場所があるらしい」

「それはどこなの?」

 不安そうにしている大臣とバディの顔を交互に見ながら、アゲハが聞き返した。

「ここからもう少し奥に行ったところに岩山があってな、そこに洞窟があるらしい。ただ、ここの連中は皆でけぇからよぉ、その洞窟の入り口が狭すぎて入れねぇらしいぜ。アゲハやオレなら入れるぐらいの大きさなんだと。洞窟の入り口無理に開けようとして、岩山崩れるとまずいしな」

「そんなところに、お姫様がいるの?っていうか、この国筋肉しかいないの?」

「姫は霊的なものを感じ取る力があるらしいな。んで最近、その洞窟から何らかの霊力を感じて、普段から気にしてはいたんだとさ。だから、そこへ行った可能性もないわけじゃないと言うことだ」

 アゲハの後半の質問は無視されていたが、アゲハはすぐにでもその洞窟へ向かう必要があると思っていた。

「じゃあ、すぐにそこへ向かおうよ。暗くなったら厄介だしね」

 しばらく歩くと、そんなには高くないが、大きな岩山が見えてきた。言われた洞窟というのはその岩山の中腹にあり、確かに入り口は狭くなっていた。レイジュあたりが、やっと通れるぐらいだろうか。

「今度はライトを使うよ」

 アゲハが呪文を唱えると、目の前に輝く光の玉が作り出される。それを手にして、アゲハとバディ、そして岩山に向かう途中で合流したレイジュが洞窟の中へと入る。レイジュは、合流した時は葉っぱ一枚姿であったが、ついにキレたアゲハが鞭を振り回したおかげで、やっと服を着せる事が出来、今はマトモな格好をしている。

 狭い入り口をくぐると、その先もかなり狭くなっており、時々頭や体を壁にぶつけながら、アゲハ達は奥へと進んだ。

「あれ、この先広くなってる」

 どれぐらい進んだであろうか。だんだん通路が広くなり、ついには大ホールひとつ分はある場所へとたどり着いた。

「おい、あれ見ろよ」

 バディがさらに奥を指差した。そこに、白いドレスを着た金髪の少女が座っており、何かを話しているようであった。

「あれが姫様かな。姫様ってマッチョじゃなかったんだ」

「オレが話してくるよ」

 バディがその少女のそばへ近寄り、懸命に話しかけようとしている。少女はすぐにバディとアゲハ達の存在に気づいた。

「案外可愛らしい人だね。何であんな人がこんな国の姫やってるんだろう」

 アゲハは目を細めて少女を見つめていた。やがて、バディがこちらの方へと戻ってきた。

「どうやら、そこに彷徨える霊がいるらしいな。そいつをどうにかしたくて、ここまで来てしまったらしい。皆が心配すると思って、黙って来たことは反省しているらしいが」

「じゃあ、その霊をどうにかすればいいんだね?どうすればいいのさ?」

「奥にその霊の本体、つまり幽霊の体ってことだが、そいつを殺した怪物がいるんだとさ。それを倒せばいいんじゃないか?」

「怪物かあ。じゃあ戦う事になるんだね。大丈夫かなあ」

 アゲハは姫の悲しそうな表情を見つめているうちに、もう引き返せないのだと感じ、奥へ進む事を決意した。

「行くよ、こんな時こそレイジュさんの出番でしょう?」

 アゲハはレイジュの手を引き、奥へと進んだ。

「な、何か音がするよ」

 岩陰からそっとその音のする方角を覗いたアゲハは言葉を失った。

 一見人間のように見えるその生き物は、筋肉隆々、あごは二つに割れており、目はやたらにつぶらで、頭に角を生やしていた。体には透き通るような褌を身につけており、何となく褌の奥にあるモノが見えるような見えないような、アゲハはどこに視線を持っていけばいいのかわからなかった。そばに人の骨が落ちており、切り裂いた服が投げられていた。

「あれ何?」

 すぐ隣にいたレイジュが、ランタンの油を取り出していた。何をするつもりなのかよくわからなかったが、その怪物を指差して、火、火、と言っているのはわかった。それだけ言うと、レイジュは怪物の近くへと飛び出した。

「え、ちょっと!」

 バディはいつのまにかどこかへいなくなっており、アゲハは頭が混乱気味だった。しかし、レイジュの動きを見ていると、剣を抜くこともなく、格闘技をしかける構えも取らない。

「あ、そうか、囮になってくれてるんだ!」

 すぐにレイジュが化物に捕まった。怪物はレイジュを流し目のような目で見つめ、着ている服を切り裂こうとしている。

「ぎゃあああああ!あの怪物何!?」

 もうこんな戦いはさっさと終わらせようと、アゲハは怪物の動きをじっくりと捉えた。レイジュは服を切り裂かれながらも、その怪物の体にランタンの油をかけている。

「わかった!火を、つけろって意味なんだね!」

 アゲハは一気に岩陰から飛び出し、怪物に向かってサンレーザーを打った。一番燃えそうだからと、スケスケ褌めがけて打った。すぐに褌に火がつき、あっというまに火が怪物の全身に広がっていく。

 レイジュが怪物に蹴りを加えて離れ、アゲハの方へと戻ってきた。

「頼むから、あまりこっちに来ないでよね」

 結局また裸じゃん、と思いながらアゲハはレイジュを連れて、姫のいる場所へと戻った。

「よう、やったじゃねえか。姫もお喜びだぜ?」

 姫がにこりとして、アゲハ達に頭を下げた。

「幽霊も天へ帰ったらしいな」

「それよりもボクは、あの怪物が何でこんな洞窟に入れたのか気になるんだけど。あとあの幽霊の人も」

「そんな事オレが知るかっての!とにかく、早くここを出ようぜ?」

「あの怪物はどうするの?」

 アゲハが、怪物のいた部屋へ首を向ける。

「姫が、ここは封印すると言ってるな。陰気くさい洞窟だしな、そうでもしないとまた怪物の棲家になりやすいってことだ」

 その後、アゲハやレイジュ、バディは姫の歓迎&祝賀パーティーに呼ばれ、沢山のご馳走と、いやというほど筋肉アニキの芸を見せ付けられた。もっと別のものが見たいと言ったら、アニキ達の合唱を聞かされた。そのアニキ達の中にまたもレイジュが紛れていたのを見て、アゲハはイギリスは恐ろしい国だと実感したのだった。

 一晩その国へ宿泊し、翌日には巨木のトンネルを抜けて、キャメロットへと戻った。ギルドでオヤジ占い師に今までの出来事を話したアゲハは、一ヶ月間、月道が開くまでの間、キャメロットに滞在する事となった。

 レイジュやバディと、観光や食事など、色々なイギリスを楽しむ事となったアゲハであったが、絶対にイロモノには染まるまいと、硬く心に誓っていたのであった。(終)



■当サイト6000ヒットを、アゲハPL様が踏みましたので、そのキリリクとして書いた短編です。一見マトモに見えるんですが、何か変です。

ジャパンにいるアゲハちゃんがイギリスに来てコミカルな展開を繰り広げる、というリクエスト内容でしたので、イギリスの変態退治に向かってもらいました(笑)レイジュも一緒に、ということでしたが、前回のキリリクの時のユニちゃんとは違い、アゲハちゃんはイギリス出身ではなく、ジャパンにずっといる、という事なので、言語の扱いをリアルに表現していました。ノベルが主人公のアゲハちゃん視点なので、レイジュの直接のセリフは一個しかありません。酒場などではきっと、シフールを通じて、こんな感じで話しているのではないでしょうか(笑)

イロモノキャラ多数出現中(ぉ)アニキの楽園は、自分で書きながら想像して、恐ろしくなりました(何)本当は、ラスボスは巨大ゴキにしようと思ったんですが、丁度イギリスに依頼でゴキ怪人みたいなのと戦う依頼が出ていましたので、ネタが被っても仕方がないので、変な鬼になりました(笑)

個人的に、オヤジ巫女や占い師は気に入っているので、また出してみたいですね(笑)