停留所の風が、やたらと吹き付けるように感じた。
キャメロットに生まれて24年、ライカ・カザミは自分の意思で初めて、生まれ故郷を後にしようとしていた。
「船の上は寒いから。これ使って」
彼女の弟、レイジュ・カザミが毛皮で出来た敷物を差し出した。
「わかったわ。有難う。遅いんだし、もう見送りはいいわよ」
ライカがそう言っても、レイジュは黙ったまま首を横に振るだけだった。紅花のように赤く、まったくと言って良い程のまっすぐで艶やかな髪に、茶色の瞳。肌の色はこのイギリスに住んでいる大方の人々よりも黄色く、身長もさほど高くはない。お気に入りの白いワンピースの服を着て、胸には両親からもらった、レイジュとお揃いのプレートのネックレスを下げている。被っている羽付の白い帽子が、風でいつも飛ばされそうになるので、ライカは常に帽子を手で抑えていなければならなかった。足元には、普段よりも大きな鞄が置かれていた。
ライカの血筋は遠い異国・ジャパンのものだが、両親がイギリスに渡った為、ライカも弟のレイジュも、英国人として育ってきた。この国のみならず、この世界には様々な種族の者がいるから、自分の血筋が異国のものである事を、あまり意識する事はなかったけれども。
「そろそろ、船が出るわ」
「船が見えなくなるまでいる」
レイジュは言う事を聞かなかった。ライカと同じく、赤い髪と茶色の瞳を持ち、今は黒いベストに白い上着、茶色のズボンを履いていた。腰に小さなナイフを下げてはいるものの、大型の武器は持っていない。ファイターであるレイジュであるが、今は武器を持つ必要はないと思ったのだろう。
「パパとママにも、よろしく伝えてね。またすぐに戻るつもりではいるわ。その間に、いつものお客様が来たら、ライカはお嫁にいく準備で忙しいと、伝えてちょうだい」
本当はどうなるか、あたしにもわからないけどね、と、ライカは心の中でつぶやいた。 レイジュは目を伏せていた。事情を知らない誰かが、ライカが結婚すると知ったら、おそらくは笑顔を滲ませて、おめでとうと言ってくれる事だろう。
けれども、困った事にこの弟は、少しも嬉しそうな顔をしない。例え笑顔を見せたとしても、それはどこか作り物のように見えてしまうのであった。
「そんな悲しい顔しないの。別に、2度と会えない訳じゃないんだから」
何も返事はなかった。
レイジュの悪い癖であった。普段はうるさいと思うほどにしゃべるのに、不機嫌になるといつも黙り込んでしまう。その癖は昔から変わっていない。とは言えライカ自身も、生まれた時…いや、生まれる前から知っている弟を置いてこの国を離れる事に対して、何も感じないわけではなかった
むしろ、この先どうなるのか、不安で仕方がない思いの方が、強く出ている事は否定できない。