『【姉と弟】花嫁は海を渡る』執筆者・きさと



「あたし、結婚するわ。だから、パリへ行く事にしたの」
 その言葉を聞いた時、レイジュ・カザミの心は他の事を考え切れない程の落ち着かない感情でいっぱいになり、自分が今、夕食の支度をしている事すらも忘れてしまった。
「そうなの?」
 ようやく唇を押し出して出て来たのは、その一言だけであった。
 いや、その言葉はいずれ聞かされる事はわかっていた。同時に自分は、それを聞きたくなかっただけなのもわかっていた。
「いつパリに行くの?」
 姉と目を合わせず、レイジュは手元にある玉葱を意味もなく転がしながら尋ねた。
「そうね、あたしの部屋の荷物をまとめなきゃいけないし、皆に挨拶もしたいから、まだいつとは決めてないけど、一ヶ月以内にはパリへ行くつもりよ。彼のそばにいたいの。ここを離れるのも寂しいけどね」
 レイジュの姉、ライカ・カザミがパリからキャメロットへと戻って来たのは、昨日の夜の事であった。
 シフール便で、姉がキャメロットにいつ到着するかはわかっていたので、レイジュはライカが出発した時と同様に、港へと迎えに行ったのであった。
「今のうちに、あなたの料理も味わっておかないとね」
 ライカは笑顔で答えた。カザミ家の台所のキッチンのイスに座っているライカのその左手の薬指には、銀色の美しい指輪が光っている。
 行きの時にもつけていたけど、今はそれが一層輝いて見えるのは、今はライカが笑顔で嬉しそうにしているからかもしれない。
「パリの料理もいいけど、やっぱり故郷の料理がいいもの。まあ、パリの料理の方が豪華だったけどね」
 何かを思い出したような顔で、ライカが言う。

      ◆

 港へ迎えに行き、レイジュは港の古びた木の椅子に座りながら、姉が乗った船が見えるのをずっと待っていたのだ。
 季節が移り変わり、夜風がかなり寒くなって来たが、数週間ぶりに姉と会うとあって、その夜風も気にならない程に真っ黒なテームズ川の下流方向を見つめ、船の明かりが見えるのをじっと待ち続けたのであった。
 やがて、船が静かにやってきて、レイジュはライカと再会した。ライカはガリオン船の出入り口の近くに立っていて、船に乗っていた他の誰よりも先に降りて来て、港がかなり暗くなっていたのにも関わらず、まっすぐにレイジュのところへ走ってきたのであった。
 その時に見た姉の笑顔は、行きの時とは違い、悲しく迷っていたあの顔はどこにもなかった。その顔を見ただけで、レイジュはパリで何があったのかを、何となくではあるがすぐに悟ったのであった。
 ライカと二人で歩いたキャメロットの夜道は、暗いけど馴染みの道で、ランタンひとつあれば、今自分がキャメロットのどこにいるか考えなくてもわかる…そのキャメロットから姉がもうじきいなくなってしまう。
 家に帰るまで、レイジュはライカとパリ観光の話や、春頃に自分自身が行ったドレスタットの話、姉がいない間のキャメロットの出来事など、色々な事を話していたが、その時にライカ自身の身に起きた出来事の話は出なかった。
 家に帰って来てからすぐ、ライカは仕事終えて一息ついている両親と話をしたが、4日間の船旅でかなり疲れていたらしく、その日は早々に彼女自身の部屋へ戻り、ベットへと入ってしまった。
 翌日、レイジュが目を覚ました時にはすでに、両親である父親のサブロウと母親のルリコも目を覚まして、寝巻き姿のライカとリビングルームで何かを話していた。3人とも真剣な顔をしていたから、その内容は大体わかっていたけれど。
「ライカが決めたのなら、好きにしなさい。そこまでの強い思いがあるなら、お母さんは反対しないし、それにこの先どうなるかなんて、わからないものね」
 レイジュの母親のルリコは、いつもどこか感情的な話した方をするが、今は穏やかな口調で話していた。
「そうか、正月の時にここへ来ていたレイジュの友達のあの子と。パリはここと若干生活習慣が違うから、ちゃんと勉強しないといけないなあ」
 父親のサブロウは、真剣な話をしている時でも多少ピントのずれた事を言うから、それでルリコがたまにイライラしたりしているが、子供の頃からそうであったから、そんな光景にもなれてしまった。他の家庭のことは良くわからないけれど、どこでもそんな事はあるのではないだろうか。
 レイジュは白いシャツと黒いズボンのまま、廊下に立ち、リビングに入ろうにも入れなかった。
「だけど、それならちゃんと挨拶しに来るのが礼儀だと思うけどね」
 椅子から立ち上がりながら、ルリコが言う。
「あたしもそれは思ったけど。今はこちらへ来れないからしょうがないわね。パリへ行っ
たら、手紙を送るように言っておくわ」
 何かをテーブルに並べながらライカが答えた。音からして、おそらく食器だろう。
「そろそろレイジュが起きて来るかしらね?」
「お父さん、今日はうるさいお客さんが泊まっているから、早めに行きましょう」
 2人分の足音がこちらの方へと向かってくる。レイジュは一瞬慌てたが、ちょうど良いタイミングで飼い猫のキジトラ猫のミミが歩いてきたので、それを抱き上げると、さも今起きてきた、という顔をして台所へと入っていった。
「あ、レイジュ起きた」
 サブロウが顔を向けた。
「ミミと一緒に寝てたんだよ」
「お母さん達もうホテルの方へ行くから。また夜にゆっくり話をするからね?」
 そう言って、ルリコとサブロウはホテルの方へと歩いていってしまった。

       ◆

「あの人、元気にしてた?何だかいきなりで、話も中途半端だったし」
 テーブルで向きあって雑談をしながら食事をする、それがレイジュとライカのいつもの朝であった。足元では、飼い猫のミミがのんびりと餌を食べている。
「元気、なのかしら。まあ、あたしがこっちへ戻る時は元気だったわ」
「そう」
 レイジュの友人でもあり、姉の恋人に初めて会ったのは、キャメロットで聖夜祭が賑やかに行われている頃であった。酒場でのんびりと聖夜の特別のメニューを楽しんでいた時、急に話し掛けられ、話していくうちに気が合うようになって行った。
 年が明けて正月、この自宅で新年の祝いをやっている所へ遊びに来た時に、初めて姉に出会ったわけだが、今思えばその頃から二人は惹かれ合うようになっていったように行ったのだと思う。
 レイジュだって、まったく鈍感というわけではない。酒場で話をしている時も、姉と彼が話している時は何となく雰囲気が違っていたような気がするし、そのあたりからライカはいつもよりも楽しそうに、生き生きとして…世間では、女は恋をすると美しくなる、と言うがなるほど、確かにそうだな、と思ったりしていたものだ。
 特にライカの場合、昔付き合っていた男性に突然別れを告げられた過去があるから、尚更なのだろう。
「僕の事、何か言ってた?」
 姉の顔を見ずに、レイジュは尋ねる。
「貴方が怒っているんじゃないかと言っていたわ」
「他には?」
「あと、もう友達じゃないと思っているんじゃないかとか」
 そのライカの口調はとても落ち着いていた。
 嫌いになった。そうではない。自分の中で何が気に入らないのか良くわからなかった。何も言わずにパリへと去ってしまった事は、今でも納得のいかない所があるものの、過ぎてしまった事は仕方がないし、それを追ってパリまで行った姉が、今では幸せを掴んだのだから、結果としては良かったのかな、とは思っている。何事でも、結果が一番大事なのだと、レイジュは思っているから。
「そこまで思ってはいないけどね」
 レイジュは食べ終わった食器を重ねてひとつにまとめていった。
 いつもなら、このまま家の手伝いをするか、もしくはギルドの方へ行って依頼を見てくるかのどちらかなのだが、姉がパリへ引っ越す事が決まった今、部屋の片付けや引越しをしなければならない。家の中のライカの荷物を全部まとめて、船へ積まなければならないのだから、かなりの重労働になるはずである。
「さて、食事も食べ終わった事だし。のんびりしてたらどんどん時間がなくなっちゃうわ。さっさと片付けをして、残りの時間を貴重に使わなきゃね」
 残りの時間。姉は、月が変わる前には、引越しの準備を終えてパリへ向かうと決めているようであった。あまりにも早い決断と行動に、レイジュはどうしていいかわからなくなってきた。
「ちょっとホテルの方へ行って、パリで買って来た置物を飾ってくるわね。今、お馴染みのお客様が来ているみたいだから、ついでに挨拶をしてくるわ」
 そう言うと、ライカはずっと机に置いておいた小さな女性の像を持ってキッチンから出て行った。
 あと半月程で、姉と別れなければならない。その現実が、レイジュの心に暗い影を落としているのであった。
 何も、ライカに恋愛感情を持っているというのではない。この世に生まれてから18年間、ずっと一緒だった人と別れなければならない事実を、レイジュは受け入れる事が出来なかった。
 外国へ行くから、というのが問題ではないような気がするのだ。例えライカが結婚をして、レイジュの家の隣に住んだとしても、おそらく同じような気持ちになっただろう。結婚したからと言って、ライカ・カザミという人格が変わってしまう事はない。
 だが、結婚というものは、ただお互いが好きな者同士が寄り添って暮らすだけではない。そこで新しい家庭を築き、共に人生を過ごして行くこと。相手に影響を与え、与えられ暮らしていく事は、楽しく喜びもあるが、時には辛く、苦しい事もあるかもしれない。
 姉弟として生まれて、ずっと一緒に過ごして来た。両親が仕事でホテルに出ている時は、姉が母親代わりのように面倒を見てくれた。6歳年齢が離れているから、両親もライカに弟の世話を任せていたのだろう。
「いつかこの日が来るのは、わかっていたけどね」
 姉と別れるのは嫌だけど、だからといって結婚に反対しているわけではない。2つの気持ちに板挟みになり、レイジュは息苦しく、せつなく、しかし嬉しいという思いを抱えなければならなかったのだった。

      ◆

「行き遅れにならなくて良かったね、何て言われてしまったわ」
 部屋の家具を見つめながら、ライカは苦笑をした。
「すっかり片付いちゃったね。この部屋、こんなに広かったんだ。物がなくなると、広く見える」
 ライカは1週間かけて、自分の部屋の物を片付け、引越しの為の荷造りをした。その間、レイジュも少しだけ片付け、と言っても、ごみを出しに行ったり重い物を運んだりしたぐらいなのだが、とにかく時間がある限り姉の引越しの準備を手伝った。
 もともときちんと部屋の整頓をしているライカだから、服を布袋へ詰め、家具を外に運んで台車に乗せるぐらいで済んだ。1週間もかかったのは、途中でホテルの仕事をやったり、近所の者達が尋ねてきたりし、その対応に時間がかかったからであった。
 空っぽになったライカの部屋には、少し前まではベットが置かれ、テーブルの上にはいつも本が置いてあった。本は貴重なものであったが、たまにレイジュの父親がホテルの客や得意先からもらうものを、ライカが借りて読んだりしているのであった。
 ライカは自分で勉強をするのが好きであった。小さい頃は、この国に伝わるおとぎ話やライカ自身が作った物語を聞かせてくれた。
 本来、それは母親の役目なのかもしれないが、仕事で忙しい両親ではなかなかその役割を果たすことが出来ず、面倒を見てくれたのはいつでもライカであった。
 かと言って、両親が子供の面倒をまったく見ていないというわけではなく、休日や時間があいた時は、家族で自分の家のホテルでパーティーを開いたり、キャメロットの町へ出かけたりしているのだから、レイジュは両親がそばにいなくて寂しい思いをした記憶はあまりない。
「近所のおばさんが、笑ってたわ。ライカちゃんがお嫁に行くって聞いて、安心したって」
「この部屋、何に使えばいいかな?物置かなあ」
「でも、心配もされたけどね。やっぱり、国外ともなれば不安な事もあるし」
「僕の部屋の物、ちょっと置いちゃおうかな」
 そうレイジュが答えると、ライカが目を細めて弟を睨み付ける。
「全然、あたしの話を聞かないのね」
「別に?何でそう思うの」
「あたしが結婚するのが嫌なら、ハッキリ言いなさいよ、いつもそうやって都合が悪くなると黙り込んだり、適当な事言って話を誤魔化したり!」
 ライカが声を張り上げて言うので、レイジュもそのライカの心に同調したのか、ますます不機嫌に、気持ちがせわしくなくなっていった。
「誤魔化してなんかいないよ!思った事言っただけじゃん!」
「それなら、どうしてあたしが結婚の話し出すと話を逸らすのよ?」
 レイジュはまたいつものように、視線を逸らして黙り込もうとした。いや、正しくは、黙り込むというよりは、何も言葉が浮かんで来なくなってしまうのだ。普通の会話や、冗談めいた言葉ならいくつでも浮かんでくる。
 しかし、真面目な事を真面目な口調で話すのは苦手だった。その言葉を言わなければならない時、レイジュの頭にはいつも言葉が浮かんでこなくなる。
 だからといって、ここでほら、やっぱりあんたは!と言われるのは嫌だった。姉とは言え、馬鹿にされたような言葉を言われたくはなかった。
「勝手に結婚しちゃうからいけないんだ!」
 それが本心から出たこ言葉と、完全に言い切る事は出来なかったが、だからといって否定も出来なかった。
 ライカは口を軽く開いて、目を見開いていた。部屋の中に静かな空気が流れた。遠くで、馬車の車輪の音と、馬の蹄の音が聞こえていた。
「どうして?どうして貴方がそういう事言うのよ?そんなにあたしの彼が嫌いなの?」
 その言葉に関しては、レイジュは首を左右に振って答えた。そして、とうとう何も言葉が浮かばなくなってしまった。
「なら、あたしのこの結婚には反対なのね?ハッキリしなさいよ」
 結婚に反対しているのではなく、姉が遠くに行ってしまう、ただそれだけが嫌だ、そう口に出してしまえば済むことなのだ。
 それが出来ないのは、レイジュのプライドが邪魔をしているからであり、その様子を見て、ライカは少々苛立ちを覚えたようであった。
「またそうやって黙って。普段はあれだけしゃべるのに」
 ライカは長くため息をついた。
「この国を出発する日はもう決めてあるわ。気持ちよく、さっぱりした気分でこの家や国を出たいの。そんな顔している貴方の方が心配よ」
 そう言って、ライカは部屋から出て行き、階段を下っていってしまった。一人残されたレイジュは、悲しいような悔しいような複雑な感情が入り混じり、ただぼんやりと窓の外に見える、城の見えるこの町の景色を眺める事しか出来なかった。

 翌日、レイジュは朝食を作るためにキッチンへ行くと、すでにライカが目を覚ましていて、食事の支度をしていた。
「あ、起きた?」
「うん。今日は食事したら、ギルドへ行ってみるよ」
 昨日喧嘩をしてしまったとは言え、少し時間がたてば、またすぐにいつものように接する事が出来る。昔からそうであった。
 もともと、あまり喧嘩をしない姉弟であったが、たまに喧嘩をしても、その後々までそれを引きずる事はない。だからこそ、仲の良い姉弟でいられるのだ。ただ、それは
表面上の事。レイジュがライカの結婚に対する気持ちは、未だ変わる事はない。
 荷造りも終わり、いつものように食事をしたり、話をしたりしながら、数日が過ぎていった。そして、いよいよレイジュが最も来て欲しくない日がやってきたのだ。ライカが、パリ行きの船へ乗る日が来たのだ。

      ◆

 その前の日の夜、ホテルの方は早めに営業を終わらせ、家族皆で集まって食事をした。家族全員で食事をするのは久しぶりであった。
「あなたが自分からここまで強く、何かを決めた事はなかったものね」
 姉弟の母・ルリコが娘を穏やかな目で見つめていた。
「結婚式の時は、お父さん達も行かなきゃあ」
 箸で魚のフライをつまみながら父のサブロウが楽しそうに呟く。
 ここはイギリスだけれど、父と母はジャパンの生まれだから、この家にはジャパンの習慣がわずかに残っていた。
 特にサブロウは、パスタでもサーモンでもローストビーフでも、全部箸でつまんで食べている。
「でも、きちんとあっちへついたら手紙をよこしなさい。あなたの恋人からも。きちんとしない人と結婚するのは許さないからね」
「その人は、研究者なんだってね?何の研究をしているんだっけ?」
 厳しい目つきをして話す母、いつもと同じ口調でしゃべる父。
 レイジュはどうして両親がそんな穏やかでいられるのが良くわからなかった。自分の育てた娘が、海外へ行くというのだ。しかも、そこで新しい家庭を築こうとしている。それなのに、どうして笑っていられるのか。
 普段はおしゃべりばかりするレイジュも、家族のやりとりを聞いて黙ったまま食事をしていた。
 喜びと悲しみとどっちが強いというのなら、今は悲しみの方かもしれない。
 小さい頃、姉と二人で出かけて迷子になり、夕日のキャメロットを姉に負ぶわれて家に帰った記憶がある。
 夏は庭で咲いた花を摘み取って家に飾ったりした。冬に雪が降った日は、雪を転がして雪だるまを作って遊んだ。幼い頃の記憶が蘇って、それらの記憶が今、とてもいとおしく感じられたのであった。
「親子は、似るものなのかもしれないね」
 サブロウがそう言って箸を食器の上に置いた。
「お父さん達も、ジャパンからイギリスへ渡った。ライカは、イギリスからノルマンへ渡るのだね」
 レイジュが生まれる前の話であるから、詳しいいきさつは良く知らない。
 サブロウはジャパンで温泉旅館を経営する商人の家の三男で、ルリコはその旅館のそばに住む武士の娘であったという。近所で顔を合わせるうちに、父と母は一緒に暮らしたいと思ったらしいが、商人の息子と武士の娘では身分が違うとのことで、あまり結婚は良い目では見られなかったらしい。
 しかし、どちらにしてもサブロウは三男であったから、家は普通長男が継ぐものとされるジャパンでは立場も狭く、イギリスでこの風見家の旅館を経営し、広げていくという事を条件に、ようやく結婚を許してもらい、二人はイギリスの地へやってきたらしい。
 いや、そうでなくとも、ジャパンの習慣がないこのイギリスの方が、サブロウとルリコにとっては住みやすい環境であったのだろう。ただ、イギリスの習慣や食べ物、言葉に慣れるまではかなり苦労をしたらしいが。
 そんな過去があるからだろうか。両親が穏やかでいられるのは。ジャパンの祖父達もレイジュやライカの事はそれなりに可愛がってくれるし、今は円満に生活しているのである。だからこそ、ライカが結婚し外国へ行く事にも、違和感は持たないのだろう。
「またレイジュは、黙ってしまっているのね」
 ライカが呆れたような顔をしていた。
「レイジュは、あたしが外国へ行くのが嫌なのよ。だからいつまでたっても、ああやって黙り込んだまま」
 バカにしたような口調でライカが言うので多少腹が立ったので、何か言い換えそうとしたが、姉の言っている事は当たっていたので、言葉が思い浮かばなかった。
「今はそうやってすねているけど、貴方が好きになった人が外国の人だったらどうするのよ。それでも、ここへ残るの?あたしは嫌なのよ。ずっと待っているのは嫌なの。もう2度と、大切な人の手を離したくはないのよ」
 それが、ライカの正直な気持ちであったのだろう。
「わかっているよ。わかっているから、余計に悲しいだけ」
 それ以上の言葉は思い浮かばなかった。同時に、何回姉に嫌な事を言えば気が済むのだろうと悲しくもあった。
「お姉ちゃん、ノルマンへ行くんでしょう?僕は、ジャパンへ遊びに行こうと思っているの。移動手段を確保したからね」
「あら、そうだったの。ジャパン、あたしも落ち着いたら行かなきゃ」
 本当は、お姉ちゃんがいなくなったイギリスにいるのが悲しいから、気分転換に別の国へ行ってみようと思ったのだが、それを言えばまた皆が心配する。誰かに心配をかけたくない。
 でも、寂しい気持ちをわかって欲しかった。しばらく違う環境にいれば、心も落ち着いてくるだろう。その頃にまたここへ戻って来て、姉が正式に結婚をする時こそ心からお祝いしよう。レイジュは心の中でそうありたいと思っていた。今すぐ気持ちを切り替えるのは無理だけれど、そんな事を考えていた事も、いつかはいい思い出になるだろう。
 レイジュは今、そう願ってやまないのだ。



 翌日、知り合い何名かに手伝ってもらってライカの荷物を船へ運んだ。レイジュは船が出発する前に、ジャパンへと向かった。
 別れが悲しかったのもあるが、思えばライカが恋人を追いかけて旅立った時に、もう姉と弟の道は決まっていたのだ。
 今は気持ちよく送り出す事が出来ないから、心の中だけで別れを言おう。自分の中が、すっきりとした気持ちになった時に、笑顔で姉に挨拶をしよう。レイジュが今思う事は、それだけであった。(終)


 ライカの結婚式の前までには終わらせようと思っていましたが、最近時間がとれない事が多く、ギリギリ完成。カザミ姉弟の物語、弟編をお送りしました。話としては、ライカが一度キャメロットへ戻ってきてから、また出発するまでのお話ですね。レイジュは不機嫌なままですが、こういう時に気持ちを切り替えろって言う方が無理でしょうか・・・。

 最後の方に、レイジュがジャパンへ行く気になった理由がありますが、あれはもちろん、レイジュの気持ちであって私がそう思ったんではありませんよ?(笑)ジャパンへ行こうと思ったのは護符が出て、前からジャパンへ行くという事を言ってましたので。たまたま、時期が重なったんですよね。